久ぶりに 漢詩を紐解いてみました 「王維」の詩の中に 目に留まった一節が 『行きては至る 水極まる所 座しては見る 雲起こる所』 この詩は朝廷に なかなか足を運びたくない自分の心境を 友人に詩書として 届けたのですが 仏教徒の王維らしい味わいのある表現をとっています 空しく自ら知りぬ 行きては 水の窮きわまる処に到り 坐しては 雲の起こる時を看みる 偶然 林叟りんそうに値あい 談笑して還かえる期とき無し 詩を見てみると文字だけで意味と 雰囲気が漂ってきませんか? <ここまでは 受け売りですが・・・> 同時代の詩人李白が詩仙 杜甫が詩聖と呼ばれるのに対し その典雅静謐な詩風から詩仏と呼ばれ 南朝より続く自然詩を大成させた人物 王維の詩を ご紹介いたしましたが 詩の中には風情や 情景が浮かび 感性を 豊かにしてくれますね (^.^) 読書の秋 たまには文学に触れてみるのも 良いかもしれません ♪